夜なんだから休めば良いのに。
龍水はあんまり夜ってイメージではない。私の勝手なこじつけだけど。彼まで倒れたら私たちは本当に路頭に迷ってしまうし、迷うよりも酷いことになるのは目に見えていた。
「貴様まだ起きてたのか?夜くらいは休め」
思っていたことを先に相手に言われると、閉口してしまう。
黙っていると龍水は私と同じように壁に背を預けた。私がおやすみと言うまでここにいるつもりなんだろうか。
「……眠れないか、やはり」
龍水に言った覚えはない。また眠れなくなっていることなんて。まるで映画みたいにさっきまで普通に話してた人間が撃たれたら、私じゃなくたってこうなる。
もとより、生きてて無理をするつもりなどさらさらなかったが、いつからかそれも難しくなった。私も例に漏れずまあまあ働いているらしい。
「こんな状況になっても諦めないよね。龍水は」
「諦める?そんなつもりはさらさらないな」
龍水の辞書にそんな言葉はない。彼のような人間を「強い人」と言うんだろう。
強さは色々だ。思考力がある、行動力がある、決断力がある。挙げたらキリがない。
この船に乗ってる人も、もちろん向こうで待ってる人も、きっと何かしらそういうものを持っている。
「よく分かんなくなってきた。ここに来てから」
目の前で誰かが傷つけられて、今でもみんなが危険に曝されている。そう遠くない未来に、また同じようなことが起こる気がしてならなかった。
以前の私だったら、自分だけでも逃げてしまおうと思ったかもしれない。過去に対してそんなもしもを考えても意味はないけど。
「龍水は、前までなら平気だったはずなのに今は怖くて仕方ないって思ったこと、ある?」
千空が撃たれた。私は一歩も動けず、倒れた彼があれよあれよと運ばれていく光景を見てただけ。
怒りも悲しみも戸惑いも、どこに捨てたら良いのか分からないまま、私はまだ走り続けている。
「仕方ないって諦められたことが、今はどうしても諦められない。こんなにおかしくなってるのに、もう止まれない。前までは上手にできてたのに……私は弱くなったのかな」
要するに、ただ怖いのだ。
また誰かが傷つけられでもしたら。所詮自分は、零れ落ちていくものを何一つ掴めずにただ眺めているだけの人間だと再び思い知らされたら。
「貴様は自分が弱いと思うのか」
「……強くはない、と思う」
まずい流れだった。これでは龍水に「そんなことない」と言って欲しいみたいだ。そしてそれも残念ながら間違ってはいなかった。
「名前が今強い感情に揺さぶられてるのは、これまでたくさんの感情に触れて来たからだ。そしてそれは決して弱さなどではない」
龍水の言うことはたまに難しい。感情に左右されて動けないのでは駄目なんじゃないだろうか。
「奪われる痛みも歩き続けなければならない苦しみも、わかち合う喜びも新しい景色を目にする楽しさも、その全てを己の糧にしてみせろ」
こんな私にも貪欲であれと彼は言っているのだ。
つくづく恐ろしい人だと思った。痛いほど真っ直ぐに私を射抜くそのまなざしから逃げられるなど、微塵も思えなかったのだから。
こんなに長い間見つめあっていても平然と笑っていられる強さなど私にはない。首を縦に振るのと同時に、彼と繋がっていた見えない糸が音もなく切れたような気がした。
「千空は大丈夫だ」
「知ってる。……本当にやる気?」
「ああ、やる」
龍水はやると言ったらやる。千空もだ。
だったら私たちは彼らの判断が「最善」になるよう動いてあげるしかない。
「名前。もう少し顔を見ていても良いか」
「はい?ちょ、龍水」
顔を無理やり上げさせられて、ふたたびその視線とあいまみえる。
「欲しいものは同じなんだがな。俺も、千空も」
「それは……気が合うことで」
嫌だと駄々を捏ねたところで、これから先もずっとこの人たちに振り回されるんだろう。
でも蜂の巣にされるよりはずっとマシだ。だからもう、飛行機でも何でも作ったら良いのだ。
「信用してるよ。千空も龍水も、みんなのことも。それに、こんな所で死ぬの絶対ムリだから」
「……うん、そうだな」
らしくない返事とともに肩に乗る重みを避けることがどうしてだかできなかった。
もうすぐ、夜明けが来る。
2021.7.9 『太陽が欲しいだけ』
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